第44回日刊スポーツ杯をかけた優勝戦12Rは、122期・畑田汰一(21=埼玉)が自身2回目の優出で初Vを果たした。

これまで最も登録番号が若い選手の優勝は「4960」の黒野元基(愛知支部)だった。「5042」の畑田が優勝したことで、5000番台以降の初Vとなった。

勝戦は安定板が付いて向かい風9メートル。スロー水域の選手には厳しめの強風の中で行われた。2コース畑田はコンマ17のトップスタートタイから1周1M、1枠の深井利寿が先マイする前に握りマイを敢行。見事に決まって、そこからは独走で押し切った。

「風が急に強くなったけど、そんなに強いとは思わなかったですね。結構、スタート展示から乗りやすかったから、握ってもいけるかな、と思いました」と、1Mをまくっていった理由を説明した。「勝因はエンジンです。初日、調整ミスで失敗したけど、1着も取れた。2日目からは微調整で、優勝戦が今節で一番、エンジンが良かった」と、65号機の気配の良さが初Vへの大きな原動力になった。

この優勝を誰に伝えたい? の質問には「師匠の中田竜太さんと家族に伝えたい」と答えた。今後の抱負は「今期はA2級ではなくA1級を目指すつもりで頑張っています。近い目標としては、埼玉支部の記念に出ている人たちと一緒に、記念で走りたい」。

まだ21歳。埼玉支部ホープが次の目標に向かってまい進する。レース後、埼玉、東京支部の選手を中心に競走水面に投げ込まれる水神祭を行い、両手を挙げるガッツポーズで喜びを表していた。

引用元URL:https://www.nikkansports.com/public_race/news/202005220000540.html